大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和50年(モ)862号 判決 1976年4月07日

債権者

桜井孝夫

外九名

右債権者ら訴訟代理人

羽柴修

債務者

大日通運株式会社

右代表者

大西康弘

右訴訟代理人

栗坂論

外二名

主文

一  債権者らと債務者との間の当裁判所昭和五〇年(ヨ)第二九五号懲戒処分禁止仮処分申請事件につき当裁判所が同年六月一六日にした仮分処決定を認可する。

二  訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<省略>

第二  当事者の主張

一、申請理由

1  債務者は海上運送取扱、税関貨物取扱、沿岸荷役、倉庫業などを主たる業務とし従業員数約一、〇〇〇名の会社である。債権者らはいずれも債務者の神戸本社に勤務する従業員であり、会社従業員をもつて組織する大日通運労働組合(以下組合という)神戸支部(本社従業員をもつて構成)の組合員である。<後略>

理由

一申請理由1の事実は債務者が明らかに争わないから自白したものとみなす。

二<証拠>を総合すると次の事実を認めることができ、右認定を左右するにたる証拠はない。

(一)  昭和三五年から三六年にかけて組合は債権者笠間、同桜井らの努力指導により賃上げ要求、女子の残業の廃止、メーデーへの参加など積極的に活動し一定の成果をあげたが、その後債務者が、職能制度を導入して以来組合は弱体化し現在では春斗について要求を出さない程になつた。

(二)  債務者は昭和三九年頃組合の積極的活動家であつた債権者らに対し、その年の夏期一時金で他の組合員より0.05ケ月分、冬期一時金では0.25ケ月分、翌四〇年の夏期一時金について0.5ケ月分の差別支給を行つた。差別の理由は「事務服に原潜寄港反対、原水禁運動のバツヂをつけていた」「残業を断つた」「タイムカードの打ち忘れがあつた」「会社の自転車を置き忘れた」等であつた。

(三)  右の賃金差別については債権者らは神戸地方裁判所で一〇年に及ぶ裁判斗争を続けている(同裁判所昭和四〇年(ワ)第六六一号賃金支払請求事件)。

(四)  債権者桜井の賃金は妻と子一人の三人家族、勤続一五年で手取月九万一千円、債権者笠間の賃金は勤続二四年、三九才で月一〇万五千円(昭和五〇年六月からは一万三千円アツプで一一万八千円)、債権者鎌倉の賃金は四人家族で手取九万四千円であり、神戸市の生活保護基準以下となつており、同じく債権者三村、同寺本についても生活保護基準を下廻つている。

(五)  債務者会社の低賃金は債権者らに限らず勤続二四年五八才で月一一万五三二五円という低賃金労働者もいる。一方債務者は資本金を二〇年間に一三五倍(現在六億七五〇〇万円)とし昭和五〇年の配当は一割六分、社内留保一三億円である。又債務者会社ではここ六年間に六七〇名の退職者を出し最近三名の自殺者があつた。

(六)  債権者らは債務者に賃金差別、低賃金雇傭があるとして労働者としての生活を守る目的で昭和四〇年神戸地方裁判所に対する提訴以来各種のビラを発行し組合員、港湾労働者、地域住民に訴えるなどして斗つてきた。組合は債権者らの右抗議行動に対し組合に関係がないとして債権者らを支援する立場には立たず、逆にこれを抑圧しようとして、例えば債権者らが前記の提訴について組合員に宣伝すると一年間の権利停止処分にしたり、支援要請ビラを配布すると統制処分をすると警告した。

(七)  債権者はこのような状況の中で港湾労働者、地域住民に支援を訴えていたが、昭和四八年五月になつて債権者らを支援する不当差別撤回委員会が港湾労働者を中心として結成された。

三昭和五〇年五月二九日ひる支援委員会は債務者会社株主総会会場であつた県民会館の山側浜側両入口附近でビラの配布宣伝活動をしたが当日債権者らは有給休暇をとつてこの宣伝活動に加わつたこと、債務者は六月三日債権者らをひとりひとり呼び出し右ビラ宣伝活動をしたことに対し始末書を書けと通告し、さらに同月九日付で債権者らに対し内容証明で業務命令として始末書の提出を命じたことは当事者間に争いがない。

四債権者らは、債権者らの右のビラ配布行為は労組法七条一号にいわゆる労働組合の正当な行為であるにかかわらず、債務者が始末書提出を命じたことは不当労働行為であると主張し、債務者は、右債権者らの行為は労働組合の正当な行為でなく就業規則に違反するので始末書の提出を命じたのは当然であり不当労働行為ではないと主張する。

1  先づ、債務者は、前記ビラ配布行為は組合の統制外分派活動であるから労組法七条一号の労働組合の行為にあたらないと主張するが、労働者の言動が組合と無関係になされたものであり、あるいは組合の支持に基づかないものであつたとしても、それが労働条件の改善その他労働者の経済的地位の向上という団結の目的を達成するのに必要な範囲内にあると認められるときは前記法案にいう労働組合の行為にあたるということができるのであつて、この見地に立つて本件をみるのに、前記認定事実によると債権者の前記ビラ配布は債権者らの賃金差別、債務者会社労働者一般の低賃金を改善する目的のもとになされたものといえるから、仮りに右行為が組合の統制外のものであるとしても労働組合の行為であるということができる。

そうすると、債務者の右主張は採用できない。

2  次に、債務者は、右配布されたビラの内容は債務者を誹謗するものであり、かつ、配布行為の際、県民会館附近に騒擾状態をひきおこし、ために債務者の信用が傷つけられたから右行為には正当性がないと主張するので、この点を考えてみる。

<証拠>によると右配布されたビラは大日通運不当差別撤回支援委員会発行名義で債権者の株主に宛て債権者らに対する賃金差別、債権者会社労働者の低賃金の実態を訴え株主の良識によつてこの事態の改善を期待する内容のものであることが認められるから前記二で認定した事実とあわせ考えるとビラの内容が債権者を誹謗するものであるとはいうことができない。<証拠>を総合すると、前記ビラの配布は支援委員会員約八〇名に債権者らも加わつて行われたが、服装は債権者らはゼツケンをつけ、委員会員らは腕章のみをつけ、「大日通運は労働者の権利をおかすな」とか「大日通運は恩想信条による差別をやめよ」と記した立看板、横幕をかかげ県民会館の表、裏玄関を出入する株主やその他の通行人にビラを配布したことが認められる。<証拠判断省略>そして、一般に、組合の文書活動が第三者に斗争の支援ないし協力を呼びかけるために行われる際、企業の実態が暴露されそのことにより会社の社会的信用が低下することがあつても、当該情宣活動の目的が団結権を擁護し労働者の経済的地位の向上をはかることにあるときは、なお正当な組合活動であるといわねばならないのであつて、本件ビラ配布の目的がそのようなものであつたことは前に認定したところである。そうすると、債務者の主張は理由がない。

3  進んで、始末書の提出を命ずることが不利益取扱となるかどうかを考えてみるのに、不利益取扱は経済的待遇に関して不利な差別待遇を与えるのみでなく広く精神的待遇等について不利な差別的取扱をなすことも含むものと解すべきところ、債務者が債権者らに対し懲戒処分をしようとしてその実態調査をかねて始末書の提出を命じたことは債務者の自認するところであり、このような始末書提出命令はそれが懲戒処分そのものでなくても、懲戒権その他の労務管理上の権限を有する使用者がこれを行うときには労働者は将来何時懲戒処分をうけるかも知れないという恐怖にさらされるわけであるから少なくとも精神的不利益取扱ということができる。

4  そうすると、本件ビラ配布行為は労組法七条一号にいう労働組合の正当な行為であり、これに対して債務者のなした始末書提出命令は不利益取扱として不当労働行為となるということができる。

五  被保全権利

1  団結活動に対する使用者の干渉妨害について裁判所に妨害排除ないし予防の請求ができるか、また、団結権に基づく妨害排除請求権を被保全権利とする仮処分が許されるかについて当裁判所は積極に解する。

2  労働者の団結権、団体行動権が、とくに使用者に対する関係での多年にわたる斗争の成果として獲得されたものであること、使用者に対する関係での団結および団結活動の自由の確保が憲法二八条の規範的意味内容をなしていると解するのでなければ憲法二一条のほかに重ねて憲法二八条が設けられている趣旨が没却されること等から、憲法二八条は直接私人間にも権利義務関係を設定したものと解すべきである。使用者の団結権侵害行為は憲法二八条によつて直接禁圧されているものであり、労組法七条は使用者の団結権侵害行為の態様を類型化したものにほかならない。団結権、団体行動権が労働者の生存権に直結する憲法上の基本的人権として保障されていることは、使用者の団結活動に対する妨害に対しては一方において損害賠償を請求しうるとともに、他方、妨害の排除、予防を請求しうることを予定するものである。すなわち、使用者の団結権侵害行為が法律行為であれば無効と評価し、事実行為であれば損害賠償請求権を発生せしめるというだけでは、団結権保障の目的が十分に達成されるわけではなく、使用者の団結権侵害行為が継続し除去されない場合、団結権侵害行為がなされることが明確に予測される場合には、その侵害行為の排除、停止、予防の請求を認めて初めて団結権が保障されているといいうるからである。

3  そこで、本件において債権者らは債務者のなした不当労働行為に対し妨害予防の仮処分を求めることができるわけである。

六保全の必要

弁論の全趣旨によると保全の必要に関する債権者らの主張事実を認めることができ右認定を左右するにたる証拠はない。

七そうすると、債権者らの申請はそのほかの争点につき判断するまでもなく理由があるから、本件につきさきに当裁物所がした仮処分決定を認可することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のように判決する。

(山田鷹夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例